はじめに:この記事の3行要約
日本の子ども・若者・働く人の心は、統計で見ても深刻な状態にあります。不登校、10代の自殺、メンタル不調による休職、地域での孤立は、いずれも過去最多や高水準が続いています。
これらはバラバラの問題ではありません。根っこには「自分を信じる力」、つまり自己肯定感という共通の土台の揺らぎがあります。
自己肯定感は生まれつきの性格ではなく、いつからでも育てられる「技術」です。道路や水道のように社会全体で整える「心のインフラ」として、学校・地域・企業で育てていくことを提案します。
この記事でわかること
日本の自己肯定感をめぐる、公的統計にもとづく現状
自己肯定感の揺らぎが、個人・家庭・学校・職場・地域にもたらす損失
自己肯定感を「安心感」と「6つの感」に分けて理解する「自己肯定感の木」
世界の心理学・脳科学の研究が示していること
今日から家庭・教室・職場でできる、具体的な方法
学校や地域で、実際にどんな変化が起きているか
読了時間の目安:約30分。忙しい方は、各章冒頭の太字の一文だけを読んでも全体の流れがつかめるように書いています。
私は、自分自身が長く心の不調に苦しんだ経験から、カウンセラーとして15,000人以上の方と向き合ってきました。その中で確信したことがあります。人は、自分を信じる力を取り戻せば、何度でも立ち上がれるということです。この記事は、一般財団法人自己肯定感学会がなぜ生まれ、何をめざしているのかを、事実と科学にもとづいてお伝えする総論です。
第1章 事実:数字が語る、日本の心の現在地
日本の子ども・若者・働く人の心をめぐる統計は、この10年で「過去最多」が当たり前になりました。まずは感情を脇に置き、公的な数字を順に見ていきます。
1. 学校に行けない子どもが、35万人を超えた
文部科学省の令和6年度の調査で、小・中学校の不登校児童生徒数は353,970人となりました。12年連続の増加で、過去最多です(文部科学省)。
10年前の平成26年度、小学校の不登校は25,864人でした。令和6年度は137,704人で、5倍を超えています。一方で、新たに不登校になった子どもの数は9年ぶりに減り、増加のペースは落ち着きつつあります。それでも文部科学省自身が「極めて憂慮すべき状況が継続」と表現する水準です(文部科学省 不登校対策推進本部)。
不登校そのものは、子どもが自分を守るための大切な選択でもあります。問題は「学校に行かないこと」ではありません。学校の外でも内でも、安心して「自分はここにいていい」と思える場所を持てない子どもが増えていることです。
2. 10代の死因の第1位が「自殺」である国
2024年の小中高生の自殺者数は529人で、統計のある1980年以降で最多となりました。日本全体の自殺者数は減少しているにもかかわらず、子どもの自殺だけが高止まりしています(三重県資料(自殺対策白書等より))。
厚生労働省の自殺対策白書によれば、10〜19歳の死因の第1位が自殺である国は、G7の中で日本だけです。日本の10〜19歳の自殺死亡率は人口10万人あたり7.0で、比較した国の中で最も高い値でした(厚生労働省 自殺対策白書)。
衛生環境も医療も世界最高水準の国で、未来を生きるはずの世代が自ら命を絶っている。この事実は、私たちの社会のどこかに、子どもの心を支える仕組みの欠落があることを示しています。
3. 「今の自分が好き」と言える若者が、他国より2割少ない
こども家庭庁が日本・アメリカ・ドイツ・フランス・スウェーデンの若者を比べた調査では、「今の自分が好きだ」と答えた日本の若者は53.4%でした。他の4か国は71.5〜75.5%で、日本だけが20ポイント近く低い結果です(こども家庭庁調査の紹介記事)。
同じ調査で、「人生で行っていることにどのくらい価値があると感じるか」を10点満点で尋ねると、日本は5.79点で5か国中最も低い値でした。内閣府が平成25年度・30年度に行った7か国調査でも、「自分自身に満足している」と答えた日本の若者は4割台にとどまり、7〜8割を超える他国を大きく下回っています。
4. 働く人の心も、限界に近づいている
厚生労働省の令和6年度「過労死等の労災補償状況」で、仕事のストレスによる精神障害の労災請求件数は3,780件、支給決定件数は1,055件となりました。どちらも過去最多で、支給決定は初めて1,000件を超えています。原因の最多はパワーハラスメントで、カスタマーハラスメントによるものは前年から倍増しました(労働新聞)。
業種別では「医療、福祉」が最も多く、人を支える仕事をしている人ほど心をすり減らしている現実があります。教育現場でも、精神疾患で休職する教員は過去最多の水準が続いています。
5. 支え合いの糸が、細くなっている
内閣府の推計では、15〜64歳のひきこもり状態にある人は約146万人にのぼります。また、国際的な寄付・支援の調査で「この1か月に見知らぬ人を助けたか」と尋ねると、日本は調査対象国の中で最下位圏に位置しています。
困っている人がいても声をかけにくい。助けを求めにくい。地域の「共助」の力が弱まっていることは、数字の上でもはっきり表れています。
5つの数字をつなぐもの
不登校、子どもの自殺、若者の自己認識、職場の精神障害、地域の孤立。分野も担当省庁もバラバラに見えるこれらの課題には、一本の共通の糸が通っています。それは、「自分には価値がある」「自分はここにいていい」「自分ならやれる」と思える心の土台が、社会全体で揺らいでいるということです。次の章では、この揺らぎが具体的にどんな損失を生んでいるのかを見ていきます。
第2章 弊害:心の土台が揺らぐと、何が失われるのか
自己肯定感の揺らぎは、個人の「気の持ちよう」の問題では終わりません。家庭、学校、職場、地域へと連鎖し、最後は社会全体の活力を静かに削っていきます。ここでは、その「負」と「不」を5つの層に分けて整理します。
個人:挑戦できない、休めない、助けを求められない
自分に価値を感じられない人は、失敗を「自分がダメな証拠」と受け取ります。だから挑戦を避けます。新しい仕事に手を挙げない。好きなことがあっても「どうせ自分なんか」と始める前にあきらめる。
逆に、無理をしすぎる人もいます。自分の価値を「成果」や「他人の評価」でしか確かめられないため、休むことに罪悪感を覚え、限界を超えて働き続けてしまうのです。私のカウンセリングの現場には、周りからは「優秀で明るい人」に見えていた方が、ある日突然動けなくなって来られるケースが少なくありません。
そしてもう一つ、深刻なのが「助けて」と言えないことです。自分を責める気持ちが強いほど、弱っている姿を人に見せられなくなります。苦しさが外から見えないまま、限界まで抱え込んでしまう。子どもの自殺の多くが「周りは気づかなかった」と語られる背景には、この構造があります。
家庭:不安が親から子へ受け継がれる
子どもの自己肯定感は、生まれてから最初に出会う大人との関係の中で育ちます。ところが、親自身が自分を信じられず、不安や焦りを抱えていると、その不安は言葉や表情を通して子どもに伝わります。
「早くしなさい」「なんでできないの」「お兄ちゃんはできたのに」。どの親も、子どもを傷つけたくて言っているわけではありません。親自身に余裕がないのです。こうして、自己肯定感の低さは世代を超えて連鎖していきます。逆に言えば、親の自己肯定感が回復すると、家庭の空気そのものが変わります。
学校:先生も子どもも、すり減っていく
教室は、子どもが家庭の外で初めて「社会」を経験する場所です。そこで「間違えたら笑われる」「目立つと叩かれる」と感じた子どもは、手を挙げなくなり、本音を言わなくなります。その先に、不登校やいじめ、学びからの逃避があります。
同時に、先生たちも追い詰められています。多様化する子どもへの対応、保護者との関係、増え続ける業務。子どもの心を支える役割の大人が、自分の心を支えられなくなっている。安心できない大人が、子どもに安心を与えることはできません。
職場:離職と「静かな退職」が生産性を奪う
厚生労働省の調査では、新卒で就職した人のうち約3割が3年以内に離職しています。理由はさまざまですが、「自分はこの職場で役に立っている」「ここで成長できる」と感じられないことは、大きな要因の一つです。
辞めないまでも、言われたことだけをこなし、意見も挑戦もしない。いわゆる「静かな退職」の状態にある人が増えれば、組織から学習と改善の力が失われます。米ギャラップ社は、仕事への熱意(エンゲージメント)の低さが世界経済に年間数兆ドル規模の損失をもたらしていると推計しており、日本は熱意をもって働く人の割合が世界で最も低い国の一つとされています。
さらに、精神障害による労災が過去最多を更新し続けていることは、心の不調が個人の問題ではなく、組織の経営課題であることを示しています。
地域・社会:支え合いがほどけ、未来への希望が細る
自分に自信がない人は、他人に手を差し伸べる余裕も持ちにくくなります。「自分なんかが声をかけても迷惑かもしれない」。そう思って見て見ぬふりをする人が増えると、地域の支え合いは少しずつほどけていきます。ひきこもりや孤立死、子育て中の孤立は、こうした「つながりの細り」の先にあります。
そして最も大きな損失は、未来への希望です。自分を信じられない若者は、自分の住む町や国の未来も信じにくくなります。挑戦する人が減り、新しいものが生まれにくくなる。人口減少が進む日本にとって、一人ひとりが自分の力を発揮できないことは、何よりも大きな損失です。
損失は「目に見えない形」で積み上がる
ここまでの弊害には共通点があります。それは、どれも数字に表れたときには、すでに深刻になっているということです。不登校も休職も離職も、ある日突然起きるように見えて、その手前には長い「心の揺らぎ」の時間があります。
だからこそ、問題が起きてから対処する「治療」だけでなく、日常の中で心の土台を育てる「予防」が必要です。道路や水道が壊れてから直すのではなく、日頃から整えておくように。私たちが自己肯定感を「心のインフラ」と呼ぶのは、このためです。
第3章 構造:自己肯定感は「1本の木」として育つ
自己肯定感は、ひとつの感情ではなく、6つの感覚が支え合ってできています。私はこれを、土壌に根を張り、幹を伸ばし、実をつける1本の木にたとえて「自己肯定感の木」と呼んでいます。
「高い・低い」だけでは、手の打ちようがない
「自己肯定感が低い」とよく言われます。けれども、ただ「低い」と言われても、どこから手をつければいいのかわかりません。風邪を「体調が悪い」としか言えなければ、熱を下げるのか、喉を治すのか決められないのと同じです。
15,000人以上の方と向き合う中で、私は自己肯定感が揺らいでいる人にも、いくつかの異なる「揺らぎ方」があることに気づきました。自分の存在そのものに価値を感じられない人。失敗した自分を許せない人。やればできるとわかっていても一歩が出ない人。自分で決めることが怖い人。人の役に立てている実感がない人。
それぞれ、必要な手当ては違います。そこで自己肯定感を6つの感覚に分け、さらにそれらを支える「安心感」という土壌を加えて整理したのが、自己肯定感の木です。
自己肯定感の木:土壌と6つの部位
| 部位 | 感 | ひとことで言うと | 揺らいだときのサイン |
|---|---|---|---|
| 土壌 | 安心感 | ここにいて大丈夫と思える | 常に緊張している、眠れない、人の顔色をうかがう |
| 根 | 自尊感情 | 自分には価値があると思える | 他人と比べて落ち込む、「いいね」の数に一喜一憂する |
| 幹 | 自己受容感 | そのままの自分を認められる | 失敗を引きずる、短所ばかりが目につく |
| 枝 | 自己効力感 | 自分にはできると思える | 挑戦の前にあきらめる、「どうせ」が口癖になる |
| 葉 | 自己信頼感 | 自分を信じて行動を続けられる | 決めたことが続かない、自分の判断に自信がない |
| 花 | 自己決定感 | 自分で決められる | 指示がないと動けない、人に決めてもらいたくなる |
| 実 | 自己有用感 | 誰かの役に立っていると感じられる | 自分なんていなくても同じだと感じる |
木は下から育ちます。土壌が乾いていれば根は張れず、根が浅ければ幹はまっすぐ伸びません。幹が細ければ枝はしなやかに広がらず、葉も茂りません。そして、花が咲き、実がなるのは、その全体が健やかに育ったときです。
ただし、木は一方向にだけ育つものではありません。実がなれば、その実はまた土に還り、土壌を豊かにします。「誰かの役に立てた」という経験が、「自分はここにいていい」という安心感を深めるのです。6つの感は、互いに養分を送り合う循環の中にあります。
第1章の課題を、木の上に置いてみる
この木を使うと、第1章で見たバラバラの課題が、ひとつの地図の上に整理できます。
| 社会課題 | 特に揺らいでいる部位 | 読み解き |
|---|---|---|
| 不登校・学校での孤立 | 土壌(安心感)・根(自尊感情) | 安心して「いていい」と思える場所がなく、存在そのものへの自信が揺らいでいる |
| 10代の自殺 | 土壌(安心感)・実(自己有用感) | 「誰にも頼れない」「自分がいなくても同じ」という感覚が重なっている |
| 「今の自分が好き」と言えない若者 | 根(自尊感情)・幹(自己受容感) | 他人との比較の中で、ありのままの自分を認められない |
| 若手の早期離職・静かな退職 | 枝(自己効力感)・実(自己有用感) | 「できた」「役に立てた」という手応えを得られない |
| 職場の精神障害 | 土壌(安心感)・幹(自己受容感) | 失敗が許されない緊張状態が続き、自分を責め続けてしまう |
| 指示待ち・主体性の低下 | 花(自己決定感)・葉(自己信頼感) | 自分で決めた経験が少なく、決めた後に信じて続ける力が育っていない |
| 地域の孤立・共助の低下 | 実(自己有用感)・土壌(安心感) | 役割を失い、「声をかけても迷惑では」と踏み出せない |
こうして見ると、教育・企業・地域の課題は別々の問題ではなく、同じ木のどこかが傷んでいるという「同じ構造」を持っていることがわかります。だからこそ、分野ごとに個別の対策を積み上げるだけでなく、木全体を育てるという共通の視点が必要なのです。
木は、何歳からでも育てられる
自己肯定感の木で最も大切なメッセージは、木は何歳からでも、どの部位からでも育て直せるということです。子ども時代に根が浅かった人でも、大人になってから土壌を耕し直すことはできます。私自身がそうでした。
自己肯定感は、生まれ持った性格ではありません。毎日の言葉の選び方、物事の受け取り方、小さな行動の積み重ねで育つ「技術」です。技術である以上、学ぶことができ、教えることができ、社会全体で広げていくことができます。
第4章 科学的根拠:世界の研究が示していること
自己肯定感が人生の質に影響することは、数十年にわたる国際的な研究で繰り返し確かめられてきました。ここでは、信頼性の高い研究を中心に、何がわかっていて、何がまだわかっていないのかを正直にお伝えします。
自己肯定感は、人生の「結果」ではなく「原因」にもなる
長い間、心理学者の間には一つの疑問がありました。自己肯定感が高い人がうまくいくのか、それとも、うまくいった人が自己肯定感を高めるだけなのか。
この問いに答えるため、同じ人を何年も追いかける「縦断研究」が世界中で行われてきました。スイス・ベルン大学のオースとアメリカ・カリフォルニア大学のロビンズは、2022年にそれらの研究を総括し、自己肯定感が高いことは、その後の人間関係、学業や仕事、心と体の健康において、よりよい結果を予測すると結論づけています(Orth & Robins, 2022)。
うつとの関係も明らかになっています。77の縦断研究をまとめた分析では、自己肯定感の低さがその後のうつを予測する影響は、うつが自己肯定感を下げる影響よりも大きいことが示されました(Sowislo & Orth, 2013)。自己肯定感の低さは、うつの「結果」であるだけでなく、「リスク要因」でもあるのです。
ニュージーランドで1,000人規模の子どもを成人まで追跡した研究では、思春期に自己肯定感が低かった人は、大人になってから心身の健康、経済状況、社会的な問題において不利な状況にある割合が高いことがわかっています(Trzesniewski et al., 2006)。
自己肯定感は、生涯を通じて変化する
331のサンプル、延べ16万人以上のデータを統合した分析によると、自己肯定感は幼少期から上昇し、思春期にはいったん伸びが止まり、その後は成人期を通じて60歳前後まで上がり続けることが示されています(Orth, Erol & Luciano, 2018)。
この結果は、自己肯定感が固定された性格ではなく、経験によって変わりうるものであることを示しています。第3章で「木は何歳からでも育てられる」と書いたのは、この知見にもとづいています。
6つの感それぞれに、対応する研究がある
自己肯定感の木の各部位は、世界の心理学で独立に研究されてきた概念と深く対応しています。
| 部位 | 対応する研究領域 | 代表的な研究と示されたこと |
|---|---|---|
| 安心感(土壌) | 心理的安全性・愛着理論 | ハーバード大学のエドモンドソンは、チームの心理的安全性が高いほど、メンバーが質問やミスの報告をしやすく、チームの学習行動が促されることを示した(Edmondson, 1999) |
| 自尊感情(根) | 自尊感情の縦断研究 | 自尊感情の高さが、その後の人間関係・仕事・健康のよりよい結果を予測する(Orth & Robins, 2022) |
| 自己受容感(幹) | セルフ・コンパッション | 自分への思いやりの高さは、不安・うつ・ストレスの低さと強く関連する。20の研究をまとめた分析で大きな効果量が示された(MacBeth & Gumley, 2012) |
| 自己効力感(枝) | 社会的認知理論 | スタンフォード大学のバンデューラが提唱(Bandura, 1977)。114の研究をまとめた分析で、自己効力感と仕事の成果の間に明確な正の関連が示された(Stajkovic & Luthans, 1998) |
| 自己信頼感(葉) | 実行意図・目標達成研究 | 「いつ・どこで・何をするか」をあらかじめ決めておくと、目標に向けた行動が続きやすくなる(Gollwitzer & Sheeran, 2006) |
| 自己決定感(花) | 自己決定理論 | 自律性・有能感・関係性が満たされると内発的な意欲が高まる(Deci & Ryan, 2000)。日本の2万人調査では、自己決定が所得や学歴よりも幸福感に強く関わっていた(西村・八木, 2018) |
| 自己有用感(実) | 向社会的行動の研究 | 他人のためにお金を使った人は、自分のために使った人より幸福感が高まった(Dunn, Aknin & Norton, 2008)。国立教育政策研究所も、日本の子どもには「自己有用感」の育成が重要だと指摘している |
脳も、自分を肯定する言葉に反応する
脳科学の研究からも、示唆的な知見が得られています。自分が大切にしている価値について考える「自己肯定化」の課題を行うと、自分に関する情報を処理する脳の領域(腹内側前頭前野)と、報酬に関わる領域(腹側線条体)が活動することが報告されています(Cascio et al., 2016)。
また、脳は経験によって構造や働きを変える性質(神経可塑性)を持っています。毎日の言葉や行動の積み重ねが心の習慣をつくるという考え方は、こうした脳の性質とも整合しています。
誤解しないために:「褒めればいい」ではない
一方で、研究は大切な注意点も示しています。2003年、心理学者のバウマイスターらは、自己肯定感を高めようとして根拠なく褒めたり、自分を過大に評価させたりしても、成績や行動の改善にはつながらないと指摘しました(Baumeister et al., 2003)。
つまり、必要なのは「自分はすごい」と思い込ませることではありません。失敗した自分も受け入れ、小さな「できた」を積み重ね、自分で決め、人の役に立つ経験をする。そうした実感のある体験の中で、根から実までを育てていくことです。自己肯定感の木が、単一の「高い・低い」ではなく6つの感で考えるのは、この違いを見分けるためでもあります。
学会が取り組む、次の実証
正直にお伝えすると、6つの感と安心感という枠組みは、上に挙げた世界の研究と整合するように整理したものです。この枠組みそのものの効果を検証する研究は、これからの課題です。
一般財団法人自己肯定感学会では、6つの感を測るチェックシートの信頼性と妥当性の検証、そして協力校での導入前後の効果測定を進めています。教育委員会、大学、企業の皆さまと共に、この理論を「実証された理論」へと育てていくことが、学会の重要な使命の一つです。
第5章 解決法:今日から育てる、自己肯定感の木
自己肯定感を育てる方法は、特別な道具も時間もいりません。毎日の言葉と、小さな行動を少し変えるだけです。ここでは、自己肯定感の木の部位ごとに、家庭でも教室でも職場でも使える方法をご紹介します。
始める前に:3つの原則
小さく始める 大きな変化をめざすと続きません。1日1分、1行からで十分です。
毎日くり返す 木が一晩で育たないように、心の習慣も積み重ねで育ちます。完璧より継続を大切にします。
言葉から変える 人は自分が使う言葉の中で生きています。口ぐせが変わると、物事の受け取り方が変わり、行動が変わります。
土壌を耕す:安心感
「大丈夫」の深呼吸
不安や緊張を感じたら、まず体から安心をつくります。
両手を胸に当て、鼻から4秒かけて息を吸います。
口から6〜8秒かけて、ゆっくり吐き出します。吐く息を長くすることがポイントです。
吐きながら、心の中で「大丈夫、大丈夫」と自分に声をかけます。
3回くり返すだけで、体の緊張がゆるみ始めます。教室では授業の始まりに、職場では会議の冒頭に、全員で一緒に行うと、場全体の安心感が高まります。
根を張る:自尊感情
一日の終わりの「自分に◯(マル)」
寝る前に、今日の自分に3つ「◯」をつけます。
今日できたこと、がんばったこと、うれしかったことを3つ思い出します。
「朝起きられた」「ご飯をおいしく食べた」など、どんなに小さなことでもかまいません。
一つひとつに「◯」をつけて、「今日もよくやったね」と自分に声をかけます。
他人と比べるのではなく、自分で自分を認める習慣が、根を深くしていきます。
幹を太くする:自己受容感
リフレーミング(見方の言いかえ)
短所に見えることも、見方を変えれば長所になります。
| 短所だと思っていること | 言いかえると |
|---|---|
| 心配性 | 慎重で、準備を大切にできる |
| 飽きっぽい | 好奇心が旺盛で、切り替えが早い |
| 人に流されやすい | 協調性があり、相手を尊重できる |
| 頑固 | 信念があり、ぶれない |
| 失敗してしまった | 挑戦した。次に活かせる学びを得た |
自分の「ダメなところ」を1つ書き出し、その言いかえを考えてみてください。失敗した自分を責めるのではなく、「そういう自分もいる」と受け止められたとき、幹は太くなります。
枝を伸ばす:自己効力感
「できたこと」のメモと、ベイビーステップ
やりたいことを、確実にできるくらい小さな一歩に分けます。「運動する」ではなく「靴をはいて玄関を出る」。
その一歩ができたら、手帳やスマートフォンに「できた」と記録します。
1週間後に読み返し、「自分にはできる」という証拠を自分の目で確かめます。
自己効力感は、言葉だけでは育ちません。小さな成功体験の積み重ねこそが、枝をしなやかに伸ばしていきます。
葉を茂らせる:自己信頼感
自分との小さな約束
「もし朝コーヒーを入れたら、5分だけ本を読む」のように、「もし〇〇したら、△△する」という形で行動を決めます。
約束は、守れる大きさにします。守れなかったら自分を責めず、約束を小さくし直します。
守れた日は、「自分との約束を守れた」と認めます。
他人との約束を守る人が信頼されるように、自分との約束を守る経験が、自分への信頼を育てます。
花を咲かせる:自己決定感
1日1回、自分で選ぶ
昼食のメニュー、帰り道、今日着る服。どんなに小さなことでも、人に合わせず「自分で選んだ」と意識して決めてみます。
子どもには、「どっちにする?」と2つの選択肢を示し、自分で選ばせてください。職場では、指示を出す前に「あなたならどうしたい?」と一度尋ねてみてください。自分で選んだ経験の数だけ、花は咲いていきます。
実をならせる:自己有用感
「ありがとう」を言葉にして渡す
1日に3回、誰かに具体的に「ありがとう」を伝えます。「資料を早く出してくれてありがとう、助かったよ」のように、何に感謝しているかを添えます。
言われた「ありがとう」も、心の中で受け取って覚えておきます。
家庭や教室では、ありがとうを書いたカードを壁に貼っていく「ありがとうの木」もおすすめです。
人は「ありがとう」と言われたとき、自分が誰かの役に立っていることを実感します。そして、ありがとうを伝える側も、相手とのつながりを感じることができます。
声かけを変える:大人ができる一番の支援
子どもや部下、同僚の自己肯定感を育てる一番の方法は、毎日の声かけを変えることです。
| 場面 | よく使ってしまう言葉 | 自己肯定感を育てる言葉 |
|---|---|---|
| 失敗したとき | なんでできないの? | 挑戦したね。次はどうしてみる? |
| 時間がかかるとき | 早くしなさい | 丁寧にやっているね。あと何分でできそう? |
| 結果が出たとき | すごいね、えらいね | 毎日続けていたからだね |
| 意見を言ったとき | それは違う | そう考えたんだね。理由を聞かせて |
| 何もしていないとき | ちゃんとしなさい | 今、何をしたい気分? |
結果だけでなく過程を認め、正解を押しつけるのではなく本人の考えを尋ねる。この2つを意識するだけで、言葉は大きく変わります。
苦しさが強いときは、一人で抱えないで
ここで紹介した方法は、毎日の心の土台を育てるためのものです。眠れない、食べられない、消えてしまいたいと感じる。そんなつらさが続くときは、自分だけで何とかしようとせず、医療機関や公的な相談窓口を頼ってください。助けを求めることは弱さではなく、自分を大切にする行動です。
第6章 現場:心のインフラは、もう動き始めている
自己肯定感学会の取り組みは、すでに全国の学校・大学・地域で始まっています。ここでは、その一部をご紹介します。
学校:「ありがとう」が増える教室へ(兵庫県丹波市立進修小学校)
進修小学校では、学校全体で自己肯定感を育てる「日本一自己肯定感プロジェクト」に取り組んでいます。その取り組みは、地元紙の丹波新聞でも紹介されました。
校内には「ありがとうの木」があります。子どもたちが友だちや先生、家族への「ありがとう」をカードに書いて貼っていくと、木に少しずつ葉が茂っていきます。第5章でご紹介した、自己有用感を育てる方法を、先生方が学校の文化として根づかせてくださっています。
私も3・4年生と5・6年生、そして保護者の皆さまに向けて講演を行いました。子どもと大人が同じ言葉で自己肯定感を語れるようになると、家庭と学校が同じ方向を向いて子どもを支えられるようになります。
学校:先生の心を支える研修(大阪府岸和田市立八木北小学校)
八木北小学校でも、日本一自己肯定感プロジェクトの一環として、教職員向けの研修講演を継続して行っています。子どもの自己肯定感を育てるためには、まず大人である先生自身の安心感と自己肯定感が欠かせません。研修では、先生方が自分自身の木を見つめ直し、教室で使える声かけを持ち帰っていただいています。
大学:未来の看護職の心を育てる(神戸常盤大学 看護学部)
神戸常盤大学の看護学部では、2年生を対象に、大学と連携した心理教育プログラムの講義を行っています。看護は、人の命と心に寄り添う仕事です。そして第1章で見たように、医療・福祉の現場は、心の不調による労災が最も多い分野でもあります。人を支える人が、まず自分の心を支える技術を身につける。その学びを、専門職としての歩みの最初に届けています。
地域:本音で語り合う場をつくる(タウンミーティング)
山形、仙台、福島、京都では、学会の会員が主催するタウンミーティングが開かれてきました。組織づくりをテーマにした山形の会、福祉・医療・看護に携わる方に向けた仙台の会、「自分らしく生きるヒント」をテーマにした福島の会、そして大盛況となった京都の会。
タウンミーティングは、講師が一方的に教える場ではありません。住民、保護者、先生、企業で働く人が、立場を超えて本音を語り合い、聞き合う場です。不登校に悩む先生や保護者が参加し、「自分だけではなかった」と安心して帰っていかれる姿もありました。地域の中に、安心して話せる「土壌」が一つずつ増えています。
変化を「見える化」していく
日本一自己肯定感プロジェクトでは、年間を通じて定期的にチェックテストを行い、子どもたちの自尊感情・自己効力感・自己有用感などの変化を数値で確かめる仕組みを取り入れています。これらの結果は、効果測定の研究としてまとまり次第、学会から公開していく予定です。
(編集部より:公開前に、各校・各会場の先生や参加者の声を取材し、許諾を得たうえで本章に追記します)
第7章 次の一歩:心のインフラを、あなたと共に
「誰もが自分を信じられる社会」は、一人の専門家や一つの団体だけではつくれません。一人ひとりの小さな一歩が重なって、初めて社会のインフラになります。
一般財団法人自己肯定感学会は、「誰もが自分を信じ、笑顔で未来を語る社会」をめざし、国内4,000校・企業へ届け、150万人の自己肯定感を引き上げることをビジョンに掲げています。この記事を読んで何かを感じてくださったなら、あなたに合った関わり方を選んでみてください。
あなたにできること:6つの段階
| 段階 | できること | 入口 |
|---|---|---|
| 1. 知る | 他の記事も読み、自分の木を見つめる | 教育・地域・企業の各記事 |
| 2. 広める | この記事を、家族や職場、SNSで共有する | この記事をシェアする |
| 3. 参加する | お近くのタウンミーティングや講演会に足を運ぶ | タウンミーティング |
| 4. 学ぶ | 会員として、仲間と共に学びを深める | 会員登録 |
| 5. 主催する | 地域で自己肯定感レッスンやタウンミーティングを開く | 特別会員・運営会員 |
| 6. 支える | 寄付や風輝会で、活動そのものを支える | 寄付・風輝会 |
どの段階から始めても、それは立派な貢献です。この記事をたった一人に届けることも、その人の木に水をやることになります。
立場別のおすすめ
保護者の方 まずは第5章の「自分に◯」をお子さんと一緒に。学校で「希望の授業」を開きたい場合はご相談ください。
先生・学校関係者の方 学校全体で取り組む「日本一自己肯定感プロジェクト」や、教職員向けの「自己肯定感レッスン」をご用意しています。まずは資料請求からどうぞ。
経営者・人事の方 「企業向けメンタルヘルスプログラム」と講演会で、心理的安全性の高い組織づくりを支援します。
自治体・大学の方 産官学連携による効果測定研究や、地域でのタウンミーティング開催の協力先を募集しています。
支援が、どのように変化になるのか
学会には、大口の特定スポンサーは存在しません。特定の意向に左右されず理念を貫くため、活動はすべて、理念に共感してくださる皆さま一人ひとりのご支援によって支えられています。いただいたご寄付は、子どもたちのための教育プログラムや絵本の研究開発、全国の学校・地域での講演やイベントの運営、地域で活動する支部と認定講師のサポートに充てられます。
一つの学校で「ありがとうの木」が育つと、その学校の子どもたちが変わり、家庭が変わり、地域が変わっていきます。あなたの一歩が、その最初の種になります。
つらいときの相談窓口
この記事を読んで、つらい気持ちがわいてきた方もいらっしゃるかもしれません。一人で抱え込まず、話を聞いてもらってください。
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(お住まいの地域の公的な相談窓口につながります)
いのちの電話 0570-783-556(ナビダイヤル)
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応)
24時間子供SOSダイヤル 0120-0-78310(子どもと保護者のための相談窓口)
チャイルドライン 0120-99-7777(18歳までの子どものための電話)
受付時間や対応内容は窓口ごとに異なります。最新の情報は各窓口の公式サイトでご確認ください。命に関わる緊急のときは、迷わず119番に電話してください。
おわりに
私は若い頃、自分を信じられず、長い間、家から出られない日々を過ごしました。そこから抜け出せたのは、誰かがくれた小さな「大丈夫」と、自分で自分に贈った小さな「◯」の積み重ねでした。
人は、何歳からでも、どんな状況からでも、自分を信じる力を取り戻せます。その力を、一人の努力ではなく、社会全体で育てる仕組みにしていきたい。それが、私たちが「心のインフラ」と呼ぶものの正体です。
日本の未来を、人々の自己肯定感から変える。その挑戦に、あなたも加わってください。
参考文献
公的統計・資料
文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要(不登校抜粋版)」(PDF)
文部科学省「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策推進本部(第5回)」2025年11月6日(ページ)
厚生労働省「自殺対策白書」G7各国の10〜19歳の死因順位(PDF)
三重県「こどもの自殺対策」資料(自殺対策白書・警察庁統計より)(PDF)
こども家庭庁「我が国と諸外国のこどもと若者の意識に関する調査」(令和5年度)(紹介記事)
内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」(平成25年度・平成30年度)
厚生労働省「令和6年度 過労死等の労災補償状況」(労働新聞)
内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査」(令和4年度)
国立教育政策研究所「生徒指導リーフ『自尊感情』?それとも、『自己有用感』?」
学術論文
Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215.
Baumeister, R. F., Campbell, J. D., Krueger, J. I., & Vohs, K. D. (2003). Does high self-esteem cause better performance, interpersonal success, happiness, or healthier lifestyles? Psychological Science in the Public Interest, 4(1), 1–44.
Cascio, C. N., et al. (2016). Self-affirmation activates brain systems associated with self-related processing and reward and is reinforced by future orientation. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 11(4), 621–629.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.
Dunn, E. W., Aknin, L. B., & Norton, M. I. (2008). Spending money on others promotes happiness. Science, 319(5870), 1687–1688.
Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119.
MacBeth, A., & Gumley, A. (2012). Exploring compassion: A meta-analysis of the association between self-compassion and psychopathology. Clinical Psychology Review, 32(6), 545–552.
Orth, U., Erol, R. Y., & Luciano, E. C. (2018). Development of self-esteem from age 4 to 94 years: A meta-analysis of longitudinal studies. Psychological Bulletin, 144(10), 1045–1080.
Orth, U., & Robins, R. W. (2022). Is high self-esteem beneficial? Revisiting a classic question. American Psychologist, 77(1), 5–17.
Sowislo, J. F., & Orth, U. (2013). Does low self-esteem predict depression and anxiety? A meta-analysis of longitudinal studies. Psychological Bulletin, 139(1), 213–240.
Stajkovic, A. D., & Luthans, F. (1998). Self-efficacy and work-related performance: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 124(2), 240–261.
Trzesniewski, K. H., et al. (2006). Low self-esteem during adolescence predicts poor health, criminal behavior, and limited economic prospects during adulthood. Developmental Psychology, 42(2), 381–390.
西村和雄・八木匡 (2018).「幸福感と自己決定──日本における実証研究」RIETI Discussion Paper 18-J-026.
